EU発着の航空機の遅延等の補償について

投稿日:2017年5月24日

カテゴリ:事務所ブログ

4月9日,ユナイテッド航空3411便において,乗客が機内から引きずり出されその際に発生したトラブルが,その後のCEOの発言等も合わせて話題になっています。

飛行機においては,オーバーブッキングはしばしば発生する問題であり,飛行機という輸送手段の特性上過剰積載ができないことも相まって,搭乗拒否(Denied Boarding)自体は認められています。
このDenied Boardingに関して,EUには”Regulation 261/2004″という極めて有名な(航空業界からは悪名高い)規則が存在します。

この規則は,EU発の航空便及びEU域内行きの航空機のうち,EU所属の会社が運航する航空便に適用されるもので(3条),今回問題となった搭乗拒否(Denied Boarding)のほか,搭乗便のキャンセル(Cancel)・遅延(Delay)に際しての損害補償等について定められています。
具体的には
搭乗拒否・航空便のキャンセルの場合,予定便の距離に応じて250・400・600ユーロの支払い,払戻(Reimbursement)または代替輸送(Re-routing),さらにはホテル等のケア(Right to care)などが定められています。

「飛行機がキャンセルになったんだから補償されるのは当たり前ではないか」と思われるかもしれませんが,飛行機は機材故障等で遅延することはやむを得ない交通手段であるため,この支払いは航空会社にとって極めて大きな負担となっています(ヨーロッパのLCCなどは,チケット代は1万円にも満たないものが多数あるので,250ユーロの補償というのはかなり高額です)。嘘か本当かは分かりませんが,「1本キャンセルすると航空会社の1日の利益が吹き飛ぶ」という話を聞きました(この話をしたのは航空会社側の弁護士なので若干眉唾です)。

航空機による損害賠償については1999年モントリオール条約が存在し,この条約においても航空機の遅延損害について定められておりますが(19条),この条約はむしろ航空会社の責任を制限する方向に働いていました(乗客への損害賠償は4150SDRが上限とされています)。
このEU規則はこれと真逆の方向を向いており,当然関連性が争われました。しかし,ECJ(欧州司法裁判所)はこのEU規則はモントリオール条約に抵触しないとしています。
航空会社はいかなる場合でも補償しなければならないか,というと,そうではなく,規則上,Extraordinary circumstances(異常な状況)によるCancelについては補償は不要とされております(5条3項)。
しかし,この”Extraordinary circumstances”は「航空会社が争うたびに狭まっていく」と言われるほどに航空会社が争っては敗北を繰り返していく,惨憺たる歴史が判例上みられ,乗員の労働法上の制限で飛べなかった場合や,エンジン故障でエンジンを運んでこなければならなかった場合などは「異常な状況」にはあたらないとされています。

日本と異なり,EUではこのような事件の処理を社内法務部でおこなわずに弁護士事務所に依頼するケースも多く,大手法律事務所ではAviation(航空)部門に若手の弁護士を配置して酷使……もとい,大量に事件処理させることで経験を積ませております(私が研修したInce&Coという法律事務所にもこの部門がありました)。

実はEUにはこの規則のように強硬な規則が多数存在し,それゆえ利害関係人の反発を招いております。イギリスのBrexitも,このようなEU当局のバランスを失した規則の多さにあるとも評されております。
なお,繰り返しますが,この規則はEUを出る飛行機であればすべてに適用されます。日本航空であっても,LCCであっても関係ありません。乗客の国籍は問われていません。
(実は,チェックインカウンターにこの規則の説明を置く義務があり,実際よーく見ると説明書きがあります)
そのため,「海外旅行でヨーロッパに行ったけれど帰りの飛行機が遅れた/キャンセルになった」というような方でも請求ができます。EUの航空会社(フランス航空など)であれば,行きの便にも適用があります。
私自身大幅な遅延にあったことはないので残念ながらこの規則のお世話になったことはありませんが,被害に遭われた方は是非お試し下さい。